いぬのいる島

日々、散歩しては迷っている

3月22日(金) 昼は卒業の様子を見て、夜はバッテリー運びの天国と地獄を味わう

 

朝8時ごろに起床。今日は天気がよくて窓から光が差し込んでいた。パートナーは先に起きて支度をしていて、コーヒーの抽出中だった。淹れてもらったコーヒーを飲みながら、薪火野パンを両面しっかりと焼いて、朝食にする。彼女は家を出て、わたしは日記を書く。

 

今日の仕事は昼からなので、日記を書き終えると、出勤までにはまだ時間があった。週間天気予報では、今日はいい天気でも数日間はしばらく雨模様ということで、支度をしてから晴れ間を楽しむために、少し近所をポタリングすることにする。最近はずっとリュックサックにバッテリーを入れて自転車に乗っていたので、何も荷物を持たずに自転車を漕ぐのは体が軽くて気持ちいい。

 

西院の方へ自転車を走らせると、学校の校庭に大人たちがちらほら。晴れ着を着た女性もいる。そうか、卒業式か。お昼までに式を終えて、卒業生たちが校庭に出てくるのを保護者の方々が待っているのだ。卒業式に関わらず学校の行事や式典は子どもたちが主役の日なのはわかっているが、わたしはもう親の年齢に近くなってしまった。だから、勝手に親御さんたちの側に感情移入してしまう。わたしには子どもがいないが、わたしと同じ年齢でも小学生の子どもなら、卒業まで育てている親も中にはいるかもしれないな。それはそれは感慨深いに違いない。自転車で横を通り過ぎる時、スーツや着物姿の親御さんたちの横顔をちらと見る。いい顔だった。わたしも嬉しくなる。子どもの頃は「こんな行事になんの意味があるんだ」とか思っていた。我ながら思慮の浅い、捻くれた平凡な可愛げのない子どもだった。その式典は君のためでもあるが、親のためでもある。今日がいい天気でよかったと思う。

 

公園の向こう側に映り込む、卒業生とその家族の姿

 

その後も思うままに自転車で走っていると卒業式後の家族がたくさん歩いていた。どうやら京都市の公立校は今日が卒業式という学校が多いようだった。とりあえず、人生の一区切りだなあ。おめでとうございます。

 

 

12時ごろに帰宅して、昨日の残り物で昼食を手早く済ませる。それから出勤。今日はけっこうゆっくりした1日だったが、溜まっていた業務をスムーズにこなせて満足感のある1日になった。

 

 

退勤して夜9時半ころになった。お決まりのSpotWORKのマップ確認。金曜日の夜だからバッテリーは不足気味だろうなと思ったが、やはり回収依頼は出ていない。わたしの今の手持ちバッテリーは1個なので、もしノルマを果たすなら、相当遠くて、しかもちらばったバッテリーを回収するしかないが、明日も仕事だしそこまでして運動しなくてもいいかと思って「今日もノルマ未達成かなー」と考えていた。

 

そのまま家に帰る前にドラッグストアで買い物をして、またマップを開くと京都駅で回収依頼が出た。なんと7個!これは1箇所で出る回収依頼の数としては相当多いものだ。基本回収してほしい余分なバッテリーは、使った人がスタンドに挿していくものになるのだが、ひとりが使うバッテリーの数なんて高が知れている。1個あれば、スマホもPCもなんでも充電できる。常に外出時に、同時に何個も充電したいような人は自分のモバイルバッテリーを持ち歩くだろう。

 

というわけで、この大量の獲物に飛びついた。すぐに作業を予約して京都駅に向かう。しかし、詳細はちゃんと見ていなかったので、途中の信号待ちのタイミングで自転車を停めて詳細を見る。すると目的地は京都駅内のお店で、お土産や食料品を売っている大き目の売店のようだ。ここで気がついた。「閉店時間:22時」という表記だ。この時点で21:50。もう時間がない。

 

ここで京都駅の説明になるのだが、まず京都駅には北側が七条口、南側が八条口という2つの出口がある。それぞれ京都駅の面している通りの名前がついているのだが、要は南北の出口が異なる。そしてわたしは北から自転車を走らせていた。つまり近いのは北側の通りに面する七条口だ。だから七条口で自転車を降りて目的地のお店に向かった。後から考えると、これが失敗だった。

 

京都駅は大きな駅だから、逆に駅の目の前には駐輪場がない。少し離れたところには、定期的に利用する人のために月極の駐輪場などはあるのだが、そのほかは周囲の店舗の駐輪場くらいか。だがそれも少ない。当然駅を利用するする人がメインのお客さんだから、徒歩を想定しているからだ。だから必然的にわたしは少し離れたところに自転車を停めてから、歩いてお店を目指すことになった。もちろん利用もしていない店舗に自転車を停めるのはルール違反なのでやらない。コインパーキングに停める。

 

歩きだと京都駅の七条口から八条口までは駅を通り抜けるかたちになるのだが、これがけっこう距離がある。しかも時間帯は、飲み会終わりや仕事終わりのの人々が電車に乗り込むタイミングに当たってしまい、その人混みはわたしの前にうごめく壁のように立ち塞がる。駅構内の通路には上り下りがあるのでエスカレーターもあるのだが、そこにはゆっくりと移動する観光客がいるし、なによりエスカレーターを駆け上がるのはマナー違反だろう。全部階段を使った。

 

正直、店舗の位置も京都駅に着いてGoogle MAPの写真から判断したもので、八条口側だとわかったのは移動しながらで、その店の位置がわかったときには、構内通路を一旦出て階段を降りて、外側からまた駅の1階に入らなくてはならないこともわかった。こんなことなら自転車で八条口側にぐるりと回ってくればよかった。

 

焦って焦って、閉店間際のお店に飛び込む。もはやバッテリーの個数は関係ない。ただ今のこの頑張りへの対価が欲しい。しかし、閉店間際はお客さんも急いでいる。お店の人も閉店準備への段取りもあるだろう。だから焦る気持ちを精一杯の笑顔で隠して、店員さんが空くのを待つ。そしてすかさず「閉店間際に失礼します!バッテリーのメンテナンスに参りました!」とうわずった声で伝えた。「どうも」と店員さんが目線をバッテリースタンドへ向ける。

 

そこにはバッテリーがMAXで挿さっているスタンドがあった。電源ケーブルが抜かれた状態で……。わたし呆然。頭は動いてなかったが、失礼のないように「この電源って…」と聞くと「あー、閉店なので抜いてしまいました。すいません」と言われ、「ですよね。失礼します」とわたしは去った。去るしかない。表情(カオ)で笑って、心で泣いて。ドーランの下は涙の喜劇人。これは誰が言った言葉だったっけ。

 

悔しいというよりは徒労感が先にくる。今通ったばかりの京都駅の構内の通路を元通り辿って帰る。周りの人々は、もしかしたら送別会や卒業を祝った宴会などの帰りなのかもしれない。楽しそうな笑い声でワイワイと帰る人たちでいっぱいだった。それに対してわたしはなんなんだろう。うつろな目で自転車まで戻って、現実を受け入れようと、SpotWORKのネットアプリを開き、回収できなかった作業予約を削除する。そしてマップに画面が戻ると、目に飛び込んできたのは「11個」という回収の依頼だ!すぐ予約。

 

それまでの落ち込みはもうなかった。次は確実に獲る!ギャンブルでチャンスの勝負どきってこんな感じかな。今回も場所の詳細確認は、目的地の周辺について自転車を停めてから見た。場所は木屋町のナイトクラブ「KITSUNE KYOTO」だ。木屋町で一番大きなクラブだ。こんなわたしでも数回行ったことがある。

 

前に、「ひとりでクラブに行く」という遊びをしている時期があった。もちろんナンパ目的ではないし、なんならドリンクの注文以外は誰とも話すことすらなかった。「ひとりでクラブに行き続けると、わたしにはどんな変化があるのか」という遊びだった。今やっているバッテリー運びのノルマを課す遊びと同じだ。自由研究である。その時も基本コンセプトは「非日常を日常に取り入れてみる」というものだった。その時の話はいずれ書くかもしれない。

 

作業に際して、不安はあった。そもそもエントランス料を支払わずに中に入れるのか疑問だ。セキュリティの人がCharge SPOTのシステムを知らなければ、汚い格好したおじさんが無料でクラブに入ろうとしている、としか映らないのでは。しかも靴は自転車用のビンディングシューズだ。あきらかに不審だろう。不安ではあったが、もう今夜のわたしに失うものはなかった。当たって砕けるしかない。

 

KITSUNE KYOTOに着いて、セキュリティの屈強な男性ふたりに、やや怖気付きながらバッテリーメンテナンス作業員の照明証の画面を見せる。すると一瞬の間が。終わったか……。

と、思った瞬間には、セキュリティの男性の片方が、襟元に付けたマイクに「今からCharge SPOTメンテナンスの男性1名上がられます」と伝えて通してくれた。よく考えればこんなに大きなクラブなのだ。メンテナンスの作業員もよく来るだろうし、対応の仕方は想定済みだと考えた方が自然なのだ。わたしの頭のなかにあった心配は、プロの方に対してとても失礼なことだったのを思い知る。

 

久しぶりにクラブ音楽の低音と甘いような匂いを体に感じながら、バッテリー回収作業を行う。大型のバッテリースタンドが設置されており、10個のバッテリーを回収することができた。1個は誰かお客さんが持っていたのだろう。なにはともあれ無事に作業は済んで、帰りにまたセキュリティの男性ふたりに頭を下げる。この回収がなかったら家に帰っても落ち込んだままだっただろう。ありがとう、KITSUNE KYOTO。また今度遊びにこよう。もちろんひとりで誰とも話さず帰るつもりだ。

 

背中のバッテリーの重みは心地よかったが、さすがに重かったので帰りにまた少し遠回りしてコンビニで5個の補充ノルマをこなす。やっと帰路に着いた。なんだかんだで1時間以上も自転車を走らせていたことになる。ずっと体がこわばっていたからか、なんか肋骨のあたりが痛かった。お腹も減った。

 

帰宅するとすでに帰宅していたパートナーが金曜ロードショーの『魔女の宅急便』を見ていた。彼女は帰りにマクドナルドでポテナゲを買って食べたようで、わたしもその残りを食べ、まだもう少し残っていた昨日の残りものでビールを飲む。仕事のあとの一杯が美味しい。わたしは彼女に今夜どんな大冒険があったか聞かせようとするが、彼女は『魔女宅』を見ているのでウザがられる。お腹がまだ減っていたのでポテトチップスも食べた。

 

しばらくゆっくりして、シャワーを浴び、『カラマーゾフの兄弟』を読み始めるが、疲れていたのですぐに眠くなった。1時半頃に就寝。